魔法の森の入口に背を向けるように建つ一軒の店。
店主の名前は森近霖之助。香霖堂と呼ばれるこの店は彼が主に趣味でやってるものだ。
そんな彼の元に、いつも通りのお客人が訪れた。
ただ、いつもと違ってちょっと元気がないようだ。
「いらっしゃい、魔理沙。今日も暇つぶしかな?」
「よう、香霖。邪魔するぜ」
白黒の服を着た彼女はそう言って隣を通り過ぎる。
椅子に腰かけたかと思うといきなり机へとつっぷしてしまった。
「一体どうしたんだい? 何かあった?」
「あのさぁ、香霖って好きなやつとかいる?」
ガシャーン。
日課である商品磨きを行っていた最中返された言葉の意外さに思わず持っていた壺を落としてしまった。
「…もう一回言ってもらっていいかい?」
「好きなやつがいるかって聞いたんだよ」
どうやら聞き間違いではないようだ。
魔理沙とは長い付き合いだが、こんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった。
「好きな人、ねぇ。考えたこともなかったな」
乾いた笑いを浮かべつつ、割れてしまった商品を片づける。
めったに手に入らない結界の外のものだっただけにその落胆は大きい。
「そうか」
少しだけ顔をあげ、ちらりとこちらを見たものの、一言つぶやきまた溜息をついた。
「魔理沙、体調でも悪いのかい?」
そう言って額に手をあてるが、別に熱はないようだ。
「別にどこもなんともないぜ」
その割には元気がない。
いつもならここに来てすぐ商品の棚を漁り、興味をひくものがあれば借りるぜと勝手に持っていく彼女が
こうして机につっぷして溜息なぞついていると、なにか異変の前触れかという疑念すら湧いてくる。
聞いても素直に答えるような性格でもないため、聞くだけ無駄だろう。どうしたものか。
香霖が考えあぐねていると、扉の開く音と共に一人の少女が入ってきた。
彼女の名は博麗霊夢。外の世界とこの幻想卿の境に存在する博麗神社の巫女だ。
彼女もこの店をよく訪れるが、お客といったわけではない。
よく香霖の顔を見に来ては世間話をして帰っていく。そういう意味では魔理沙と同じだ。
まぁ、物を借りて返さないということはないので、その分霊夢の方がいいと言えばまだいい方なのかもしれないが。
「霖之助さん、こんにちは」
「やぁ、霊夢。こんにちは」
「あれ、魔理沙いたんだ」
「よう」
机につっぷしたままの魔理沙は来客の声に手を振るだけで答えた。
その様子を変に思ったのか、顔をのぞきこもうとする霊夢だったが、完全につっぷしているためここからではうかがい知れない。
仕方ないので覗くのをあきらめこちらに寄ってくると
「ねぇ、魔理沙なんか変じゃない?」
小声で耳打ちしてきた。
「君もそう思うか。僕だけかと思ったが、そうじゃないみたいだね」
苦笑まじりに同意すると、うんうんと激しく首を縦に振って見せた。
「いつもなら棚をごそごそ漁ってるか、本読んでるかしてこんなおとなしくしてるの見たことないもの」
「はぁ…」
またため息だ。今日ここに来てからすでに5回以上はついている。
そこで先ほどされた質問と同じものを霊夢にぶつけてみた。
「霊夢。好きな人っているかい?」
出されたお茶に口をつけようとしていた彼女はその言葉に激しく驚き、眼をまんまるく見開いてこちらを見返してきた。
「はぁ?」
「そうなるよなぁ。普通」
「なによいきなり。どうしたの?」
「いや、さっき魔理沙から同じ質問されたんだ」
「聞き間違いじゃないの?」
「そうならいいんだけど、どうも本気らしい」
思わず二人してつっぷしたままの彼女へと視線をやってしまった。
相変わらず微動だにしないままの魔理沙はまた何度目かしれない溜息をついた。
「好きな人ねぇ。考えたことなかったけど、またどうしてそんなこと言い出したのか」
「それが僕にもよくわからないんだよ」
しばし二人でんーっと考えてみたものの、答えが出るはずもなく。
「こうやって考えてても仕方ない。本人に直接聞くとするか」
やがて考えるのにも飽きたらしい霊夢はくるっと背を向け、再び溜息製造機へと近づいていった。
「ねぇ、魔理沙。一体何があったのよ?」
「んあ?何もないぜ」
「何もないわけないじゃない。さっきから何度もため息ついてるじゃない」
「はぁ…。そんなことないって」
「ほら、今だってついたじゃない。それにいつもだったらそんな置物みたいになってないで散らかし放題なのにおかしいわよ。
それと好きな人ってなんのこと?」
「好きな人っていうのは自分が恋い焦がれる相手のことだぜ」
「そんなこと聞いてない。あんたがなんでそんなこと言い出したのかを聞いてるの」
要領を得ない彼女にイライラしてきたのか、だんだんと言い方がきつくなってくる。
そこでようやく少しだけ顔を横にむけるとうつろな瞳で霊夢を見つめた。
「お前はいいな、平和そうで」
「あんたにだけは言われたくないわよ。って何その顔、すごい隈じゃない!」
「ここんとこまともに寝れなくてさ」
「眠れないって。またなんか変な魔法の開発とか」
「アリスが…」
「は?」
「アリスがさ」
アリスというのは魔法の森に住んでいる魔法使いのことだ。
魔理沙の家と近いため、しょっちゅう行き来しているらしい。
「…七色の魔法使いがどうしたって?」
「頭から離れないんだ」
「………」
一瞬、言葉を失った。それは香霖も同じだったようでぽかんと開いた口からよだれが垂れそうになり、そこでようやく我にもどる。
何度か瞬きを繰り返し、ひとまず深呼吸を繰り返すと至極真剣な顔をして聞き返した。
「七色の魔法使いが頭から離れないってどういうこと?」
「寝ても覚めてもアリスのことばっかり考えてしまってさ。正直、ここ1週間まともに寝てないんだ」
「それでその隈なのね。しかし、魔理沙からそんな言葉が出るなんて」
「同感だね。君とは子供のころからの付き合いだけど、魔法関係以外の話は初めて聞いたよ」
口を開けば魔法のことやキノコのことばかり話してるあの魔理沙がねぇなんてつぶやいている香霖にうんうんうなづきながら同意する霊夢。
二人とも完全に面白がっているようだ。
「しかし、魔理沙の恋の相手があのアリスとは驚きね」
「っ…!! いや、そんなんじゃないと思うんだけどさ」
「そんな真っ赤になった魔理沙初めて見た。結構可愛いじゃない」
「茶化すな。こっちは真剣にだな」
「真剣に相手のことを好きになってしまったと」
「香霖まで!! だからそんなんじゃないって」
「そんな否定しなくたっていいじゃない。それに顔に書いてあるわよ」
わたわたと顔中を触りまくり、手近にあった鏡に自身の顔を映してみるが、もちろんそんな文字はどこにもなかった。
自分にこんな感情があるなんて思いもしなかった。誰かを好きになるなんて思ってもみなかった。
だが、認めるしかないようだ。自分はアリスのことが好きになってしまったのだと。
「こんなの変だよな。女同士なのに、さ」
耳まで桃色に染まった魔理沙は消え入りそうな声でつぶやいた。
それを聞いた霊夢は差し出されたお茶をすすりつつ、別にいいんじゃないと返した。
「確かに種族は違うからいろいろ大変だとは思うけど」
「種族…そうだった」
今まではアリスのことを好きになってしまっても同性だからとそればかり考えてた。
種族。魔理沙は人間。アリスは魔法使い。
たとえうまくいったとしても、埋めようのない寿命の違い。自分は必ずしも、相手より先に逝ってしまう。
彼女に言われて初めて気づいたとても重要なこと。なんで忘れてたんだろう。
「ま、そんなの上手くいってから考えればいいことだけどね」
「魔理沙はそうは思ってないみたいだね」
はたからみてもかわいそうなくらい落ち込んでしまった彼女にどう言葉をかけていいかわからない。
うつろに開かれていた目も閉じられて、うっすら眼尻に光るものが浮かんでいた。
「いっそのこと、押し倒してみるとか」



続き。

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