「!?」 真顔でとんでもないことを言い出した霊夢にさすがの香霖も驚いた。 普段から結構突飛な発言をする彼女だが、まさかそんなことを言うとは。 今日は魔理沙だけでなく、どうやらこの巫女もちょっとおかしいようだ。 「押し倒すか…」 「さきほどまでぐったりと涙目になっていたくせに、いきなり妙な思案顔で検討するのやめないか。霊夢も、今のは冗談なんだろ?」 「甘いわ、霖之助さん。あーいったタイプは意外に押しに弱いのよ。ちょっと周りが引くくらいの勢いで押していかないと。 それにコイツがこのままじゃ霖之助さんも困るでしょう?」 「まぁ、そうなんだけど。もう少しソフトにさ」 「膳は急げよっ! 今からアリスのとこにいってらっしゃいな」 「ちょっとまて、それはいくらなんでも早急すぎると思うよって魔理沙、帽子をかぶって出て行こうとしないでくれ。 もう少し落ち着いて考えてみないか。相手にも心の準備とかあると思うし」 「離してくれ、香霖。このままじゃ私はいつまでたっても寝不足のままだ。いいかげんすっきりしたいんだ」 「だからっていきなり押し倒すってのはどうかと思うよ。まずは気持ちを伝えるところからだろ。おい、霊夢。君が変なこというからその気になっちゃってるじゃないか。お茶なんかすすってないで止めるの手伝ってくれ」 「別にいいじゃないの。行きたがってるんだから行かせてやりなさいよ」 「そうだそうだ。霊夢の言う通りだぜ。いい加減放してくれ、服が破れる」 「いや、これは放すわけにはいかないよ。そんなことしてその子に嫌われでもしたらさらにうっとうし…もとい、落ち込むのがわかってるんだから」 10分後。 行くだ、行かせないだの押し問答の末、なんとか引きとめることに成功。ゼェゼェと肩で息をしながらもテーブルについた。 事の発端になったくせに我関せずといった感じでお茶をすすっている巫女にせんべいの一つでも投げつけてやりたい気分にはなったが、あいにくとここにはそんな気の利いたものは置いてない。 「じゃ、じゃあどうしろって言うんだよ」 忌々しげに手に持った帽子で顔を隠すとその場にへたりこんでしまった。 気持はわからないでもない。これが彼女にとっては初めての恋だ。自分でもどうしていいのかわからないのだろう。 自分の時はどうだったかな。もう昔すぎて思い出せないくらいだ。 でも、きっと今の彼女のようにじたばたと自分の気持ちをもてあまし、眠れない日々を過ごしていたことだろう。 なんて今は自分の過去に思いをはせている場合ではない。こうして考えてる間にもまたこの巫女が変なことを言い出しかねないのだ。 何か他に案を出さないと彼女はずっと苦しい思いを抱えて寝不足の日々を送ることになってしまう。それはそれで心配なのだ。 いつ、どこで爆発するとも限らない。 本当に巫女が言ったとおりに押し倒してしまうことだってありうる。きっとそんなことをしたら取り返しのつかないことになってしまうだろう。 最悪、思いを伝える前に嫌われてしまうことだってあるかもしれない。それだけはなんとしても避けてやりたかった。 ずっと父親代わりにそれなりに面倒みてきたのだ。幸せになってもらいたい。 そんな香霖の気持ちを知ってか知らずか、へたり込んでいたはずの魔理沙は突然立ち上がると 「お前たちじゃ埒が明かないからな。他の奴に相談しにいくぜ」 そう言って飛び去ってしまった。 残された霊夢と香霖は魔理沙の恋が上手くいくことをただ願うことしかできなかった。 箒でひとっとびして向かった先は大きな湖のほとりに立つ紅魔館。 館に着くといつも通り大きな門の前に美鈴が立ちふさがっていた。 「よう。相変わらず暇そうだな」 「あら、誰かと思えば」 「お前はいいよな、悩みなんかなんにもなさそうでさ」 「失礼な。私だって悩みくらいあります」 「へぇ。ま、いいや。通してもらうぜ」 「軽く流されたぁ」 全く、誰のせいで悩んでると思ってるのか。 そもそも門番である私を前にして堂々と通っていくってどうなのよ。こいつが私を無視して通っていくから今日だって咲夜さんに怒られ…ぶつぶつ。 独り言をつぶやく美鈴を尻目にどんどん奥へと進んでいく。目指すは大図書館だ。 赤い絨毯が続く廊下で何人ものメイドとすれ違う。 初めて来たときこそ警戒されたものの、今ではすっかり顔なじみだ。 攻撃されることもなく、挨拶してくるやつまでいる中を適当に歩き、ある扉の前にたどり着いた。 木でできた頑丈そうな扉をノックすることもなくいきなり開けると、薄暗い中で本を読んでいる少女が一人しかおらず、いつもいるはずの小悪魔の姿を探すが見つけることはできなかった。 話の内容的にあまり人には聞かれたくなかったのでちょうどいい。 「邪魔するぜ、パチュ…」 帽子を外し、声をかけようとして立ち止まる。 眼を見開いたまま、一歩も動けなくなった。 なぜなら視線の先にはあの恋い焦がれる彼女の姿があったのだ。 どうやら室内の明かりが乏しいせいで気付かなかっただけらしい。 奥の方から進み出てきたアリスはこちらに気づく様子も見せず、なにやらパチュリーと楽しげに話しこんでいた。 (なんだよ。人の気も知らないで。何楽しそうに話してるんだよ) 胸が締め付けられるようんだった。 自分は彼女を思って夜も寝られないというのに、相手はその気持ちに気付かずにこうして他の人と楽しげに過ごしていると思うと、息もできないくらい苦しくなった。 「あら?そこにいるのは魔理沙かしら」 そこでようやくこちらに気づいたらしいアリスはにこやかな笑みを浮かべると近づいてくる。 (やめてくれ。アイツと同じように笑いかけないで。みんなに見せる笑顔と同じ表情で私を見ないで) グッとこぶしを握りこみ、今にも溢れてしまいそうな言葉を必死に飲み込む。必死に自分と闘う。 きつくまぶたを閉じると大丈夫、こんなのなんでもないと言い聞かせた。 「魔理沙、どうしたの?」 「…来ないでくれ」 「え…。一体なにが…」 「触るな!!」 心配げに顔を覗き込もうとした彼女へ大きな声で牽制しつつ、帽子を深々とかぶりなおす。 ビクンと体を強張らせ、驚きのためか怯えた表情を見せる彼女の顔を見ないようにした。 「魔理沙。何があったかは知らないけど、人に当たるのはよくないと思う」 「うるさい。お前に私の何がわかるっていうんだ」 「わからないわね。知ろうとも思わない。ただ、いきなり押しかけてきてなんの説明も行わず怒鳴りつけるのはどうかと思う」 「なんで私がお前なんかに説教されなきゃいけないんだよ」 そうだ。同じ種族のこいつに私の気持ちなんてわかるはずない。 「説教なんてしていないわ。私は本当のことを言っただけ」 「魔理沙一体どうしちゃったの?今日のあなた、どこかおかしいわよ。それになんだかひどく疲れてるみたいだし」 (おかしい?あぁ、そうかもしれない。さっきも霊夢や香霖に同じような台詞を言われたばかりだ。私だってどうかしてると思う。できれば知りたくなんてなかった。こんな辛い思いをするくらいなら) 「どうせ私は変人だよ。アイテムがなければ魔法を使うことだってできやしないただの人間だ。あんたら魔女に私の気持ちなんてわからなくて当然だぜ。なんたって種族が違うしな」 うつむき、下唇をかむ。こんなこと言いにきたわけじゃないのにとまらない。止められない。自分の気持ちに歯止めがきかない。 「何が言いたいの」 「言わなきゃわかんないのかよ」 「私はあなたじゃない。わかるはずがないわ」 「だろうな。そうやって理論的にしか物事を捉えられないお前には一生わからないぜ」 「かもね」 パチュリーは二の句をつがせない勢いでピシャリと言い放つと再び本へと視線を戻してしまった。 その態度が妙に癇に障る。いつものことといえばそれまでのことだが、今日に限ってはどうしても許せなかった。 「アリス」 「な、なに?」 事態が飲み込めず、右往左往していたアリスは突然の呼びかけに驚いた。 「危ないからちょっと下がっててくれ」 「何をするつもりなの」 言い寄る彼女をそっと引き離すと、八卦炉を構え魔力をため込む。視線の先にはもちろん、パチュリーがいた。 力をため込み始めたと同時に足元には幾何学な模様が描かれ、手元の八卦炉には光が集まっていく。 そこでようやく視線をあげたパチュリーは自分に向けられる魔力の塊を目にしてもポーカーフェイスを崩すことなくこちらを見つめていた。 恋符『マスタースパーク!!』 やがて限界まで集束された光の帯は稲妻の如き速さで一人の少女へと放たれた。 「危ないっ」 全くといっていいほど動ぜず、ただじっと魔理沙を見つめ続ける彼女を半ば押し出すような形で抱きかかえ、横へと飛んだ。 完璧に避けきることができなかったのか、アリスの髪が少し焦げ、辺りに異臭が漂う。 「いきなりなにするのよ! 危ないじゃない!!」 「そうやって私よりそいつを選ぶんだな」 「何の話よ」 「もう、いい。アリスなんて大嫌いだ」 |