部屋をあとにした魔理沙は長い廊下を入口の方へと向かっていた。
ここを訪れた頃に比べるといくばくか晴れやかな表情を浮かべている。
「こんなとこにいたの」
「アリス…」
気配を消していたのか、柱の奥から歩み出てくる陰にギョッとした。
いかにも不機嫌ですと顔に書いてあるアリスを見つめ、少しは浮上した気持ちも一瞬で沈んでしまう。
「屋敷中探したのにいないから、帰ったのかと思ったわ」
バツが悪そうに目線をそらす魔理沙を正面にとらえ、逃がさないとばかりに睨みつけてくる。
「さっきのはなに? ちゃんと説明してもらうわよ」
「悪いが今はそんな気分じゃ」
「逃がさない」
脇をすり抜けようとするが、すんでのところで腕を掴まれ失敗。
無理に振りほどくこともできず、かといって振り返ることもできないまま、まるで金縛りにでもあったかのようにその場に凍りついた。
声を出そうにもうまい言葉が見つからない。
会うたびに幸せな気持ちで跳ねていた胸の鼓動もすっかりなりをひそめ、ただただ、苦しい気持ちが体中を占拠していた。
「いきなりあんなことするなんて普段のあんたからは考えられない。確かに日常生活から魔法を使うことはあるけれど、人に向けて撃つなんてよほどのことだわ。何か理由があるなら言ってみなさい。怒らないで聞いてあげるから」
「別に話すことなんて何もないぜ」
「うそ」
「嘘じゃない。ただ、むしゃくしゃしてたから撃った。それだけだ」
「それはないわね」
「どうしてそう言い切れるんだよ」
「あなたとは長い付き合いだし、それぐらいのこと、わからないと思う方がどうかしてる」
「…アリスなんかに私の気持ちがわかってたまるかよ」
「そんなの聞いてみないとわからないわ」
「もう私のことは放っておいてくれ」
「嫌」
「どうしてそんなに構うんだよ」
「それは…」
今まで押し問答を続けていたアリスが、ここにきて急に口を閉ざした。
言おうかどうしようか迷っているようにも見受けられる。
「ほら、同じ森に住む同士だし異変解決のパートナーでもあるじゃない? そんな相方の調子が悪かったら心配するのが普通でしょ」
明らかに本心じゃないのは丸わかりだった。
(アリスは何かを隠してる。そしてそれを私に悟られまいとしているんだ)
だが、指摘したところで話はしないだろう。アリスはそういうやつだ。
「パートナーなら他をあたればいい。もうお前とは組まない」
「何言って…」
「はっきり言われないとわからないのか? お前といると苦しいんだよ。一つ一つの動作に一喜一憂したり、言動に振り回されたりするのはもううんざりなんだ」
「それってどういう…」
「辛いのはもう嫌だってことだ。お前を想って眠れない日々も誰かと一緒にいるところを見るのも辛くてしかたないんだ。どうしたらいい? 私はどうしたらお前のことを、アリスのことを好きでなくなることができるんだ? 教えてくれよ、なあ」
言ってしまった。もうあとは野となれ山となれ。
一度口に出してしまった言葉は取り消すことができないのだ。今更気にしてもしかたない。
あとはアリスの返事を待つだけだ。きっとうまくいかないことはわかってる。
勝手に嫉妬したあげくに何の罪もないパチュリーに魔法を撃った。
アリスのことを大嫌いだとも言った。そんな奴がいい返事なんて期待するだけ無駄なんだ。
いっそ振られてしまった方が案外楽なのかもしれない。
相手に気持ちがないとわかればはじめは苦しいかもしれないが、彼女に対する気持ちもやがては友愛のそれへと変化するだろう。
それまでの間、なるべく会わないようにしていればいいだけの話だ。
断わりの言葉を聞くべく、ギュッと目を閉じ返事を待った。
だが、いつまで経っても口を開く気配がない。
おそるおそる振り返った先に見た彼女の顔を私はきっと一生忘れないだろう。
涙で濡らした頬に髪の毛が張り付き、綺麗な顔が台無しになっていた。
それでも髪を振り払うこともせず泣き続ける彼女をギュッと抱きしめる。
「泣かせてごめん。私さ、アリスのことが好きなんだ」
耳元でささやく言葉にアリスは小さくうなずいてありがとうと涙交じりに消え入りそうな声で返事を返した。




「なに一人でニヤニヤしてるのよ」
「い、いや別に。それより何か作ってくれないか?」
「またぁ!? もう、しょうがないわね」
しぶしぶといった感じにキッチンへと消えるアリス。
その後ろ姿を見送ってまた一人、思い出に浸った。
(結局あのあとは、アリスに連れられてパチュリーに謝りにいったんだっけか。そういえばあの時の返事、まだ正式には聞いてないぞ? ま、いいか。そのうちに聞かせてもらうってことで)
苦笑いを浮かべつつも愛しい彼女と変わらずこうして過ごせる日々を思うと、あの時幸せそうに語っていた咲夜の気持ちが少しだけわかった気がした。
「もうすぐできるからテーブルの上、片付けてー」
キッチンからいい匂いと優しい声が届く。
わかったと返事をして広げっぱなしにしてた本を片付けつつ思うことは



――――好きな人と一緒にいられる私は世界一の幸せ者かもしれない――――



ただ、それだけだった。



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