力いっぱい扉を閉めると振り返らずに歩きだす。 ドアが閉まる瞬間に何か呼びかけられた気もするがそんなの構っていられなかった。 今はアリスの顔なんてみたくない。 元はといえば八つ当たりみたいにしてしまった自分が悪いのだが、それでもあの態度はないと思う。 (アリスのバカ、アリスのバカ、アリスのバカ…) こみあげてくる涙をぐっとこらえ、しっかりと前を向いて歩いて行く。 「あら、もうお帰りですか?」 そんな彼女に声をかける者がいた。 ここ、紅魔館で他の追随を許さず、常にトップのメイド長という立場に君臨し続ける女性。 主の身の回りの世話から屋敷の掃除までを一人でこなすという彼女の名前は十六夜咲夜。 「今、紅茶でもお持ちしようと思っていたところだったのに」 その手には銀のお盆と人数分のカップが乗せられており、こちらを見つめる瞳はこんなにお早いお帰りなんて珍しいですねと語っていた。 「ちょっと用事を思い出したんでな」 「用事…ですか」 (おかしい。いつもの彼女なら何も持たずに帰るなんてありえない) 帽子を目深にかぶり、そそくさとその場を立ち去ろうとする魔理沙に不信感を募らせた咲夜は小声で何かをつぶやき始めた。 途端、動きを止める魔理沙。どうやらスペルカードを使い、周りの時を止めたらしい。 「これでよしっと。そこで少し待っててくださいね」 立ち止まったままの彼女をその場に残し、器用にドアを開けると中へと入っていくと、テーブルの上にカップとポットを置いてその場をあとにした。 咲夜が後ろ手に扉を閉めたと同時にカードの効力が切れる。 「じゃあな、邪魔した」 そう言って箒に乗ってその場を去ろうとするが、なぜか上手く飛ぶことができない。 「なんでそんなとこ掴んでるんだ?いいから話してくれないか」 「だって離したらそのまま帰ってしまうでしょう?そんな釣れないこと言わずに 一緒に紅茶でもどうですか?」 優しげな言葉とは裏腹にぐっと掴まれたスカートを放す気配はない。 仕方なくメイドの誘いに乗って部屋を移動することにした。 通されたところは普段彼女が使っているのだろう、あまり物の置かれていない シンプルな部屋だった。 手近な椅子へと案内され、どうぞと勧められるがままに腰かける。 「お前が私を誘うなんて珍しいこともあるんだな」 「あら、お客様をもてなすのはメイドとして当たり前のことです」 なれた手つきで備え付けられているカップ等を取り出すと、目の前に暖かい紅茶が注がれた。 「冷めないうちにどうぞ」 「…ご丁寧にどうも」 一向に目を合わせようとしない魔理沙に何かを聞いてくるわけでもなく、お茶請けのお菓子を並べていく咲夜。 「何も聞かないんだな」 「何をですか?」 「いや、なんでもない」 聞かれたところで説明なんてできるはずなかった。きっと笑われるに決まってる。 静かな室内にはカップを置く音と紅茶を注ぐ音だけが響いていた。 両者ともに口を開かないまま数分が過ぎた頃、沈黙に耐えられなくなった魔理沙はここまで来た理由を誰に聞かせるわけでもなく、一人ごとのようにポツリポツリと話しだした。 「…そうだったのですね」 「あぁ。笑いたきゃ笑っていいんだぜ」 「いえ。特に面白い話でもないですし」 魔理沙が話し終えても表情一つ変えず、カップに口をつける彼女をぼんやりと見つめる。 何か答えを期待したわけではないが、ここまで何も言ってもらえないと逆につらかった。 目線で訴えてみてもそれ以上何かをいう気配はない。 「今言ったことは忘れてくれ。なんでもないんだ。なんでも」 相手の無言に耐えきれなくなり、ついついそんなことを言ってしまった。でも半分は本心だ。 うつむき、スカートを握る手に汗がにじんでくる頃、紅茶を飲み終えた咲夜は突然 「一つ、昔の話をしてもいいですか?」 とこちらの返事を待つことなく、話し始めた。 最初はわけもわからず聞いていたが、物語が進むにつれ、どうやら話の主人公は過去の咲夜だろうことに気づいた。 淡々と語る彼女だが、その内容はとても悲しいものでそれをどうして自分に話してくれるのかがわからない。 きっと今まで誰にも―館の主人は知っているかもしれないが―話さなかったであろうことを自分なんかに話して聞かせるのか。彼女の意図するところがさっぱりわからなかった。 やがて物語も佳境に入ると、聞きなれた名前がちらほらと混ざるようになった。 話の内容も今までのそれとは打って変わって明るくなり、話を続ける彼女の表情も心なしか柔らかくなったように見受けられる。 楽しそうに主人の名を語る咲夜は仕えられることの幸せをその言の葉に乗せてどこかへ届けようとしているのかもしれなかった。 もしかしたらそれは過去の自分へ。そして今の自分へと。 こほん。 咳払いをしてご静聴ありがとうございましたとの言葉で物語を締めくくる。 「なかなか興味深い話を聞かせてもらったぜ」 「昔の話です」 そう言って笑う彼女はとても幸せそうに見えて、見てるこちらも心がなごんだ。 それからは二人で最近あったできごとなんかを話した。 神社で行われた祭りや森で見つけた珍しいキノコ、新しく手に入れた紅茶の話や魔導書の話などなど。 和やかな雰囲気の中取り交わされる言葉。 普段はどちらかというとあまり話さない咲夜がこんなに饒舌にしているのを見たことに始めは驚きもしたものの、本当の彼女はもしかしたらこちらの方なのかもしれないと思いなおす。 それぐらい今の彼女は楽しそうだった。 「あら、お菓子が終わってしまいましたね。ちょっと取ってきます」 「いや、そろそろ帰るぜ。思いのほか長居しちゃったしな」 「そうですか」 静かに席を立ち、じゃあなと帰ろうとする魔理沙を今度は引き留めることもなく見送った。 「はぁ…。大丈夫でしょうか。まさかあの人が恋をするなんて思ってもいなかったです。彼女も年頃の乙女ということなんですね。うまくいくといいですね。ね、お嬢様」 「なんだ気づいてたの」 「もちろんです。いつからそちらにいらしたんですか?」 「あなたたちが来る少し前からよ。絶対ばれない自信があったのに」 「それは無理というものです」 「なんでよ。これでも気配を消すのは得意なのよ?」 物影から姿を現しつつ答えるレミリアは少々不満げな顔で見つめてきた。 「どんなにうまく姿を消したとしても私には見つけることができますよ。だって私はあなたのメイドなんですから。一生かけてお仕えしますわ。レミリアお嬢様」 |