「はぁ。また一つ年をとっちゃったわね」 午前0時を指す時計を見つつ、ひとり溜息をついた。 子供のころは嬉しかった誕生日もいつしか喜びを感じなくなり、今ではこうして年月を数えるだけのものとなった。 この幻想卿に来てから早数年。 周りに溶け込むことに必死になりすぎて自分の生まれた日すら忘れることが多かった数年。 やっと落ち着いて数えられるようになったけど、別になんということはない。 「まぁ、気にすることはないか。ここでは年なんてあってないようなものだしね」 そう一人ごちて寝支度を済ませると早々にベッドにもぐりこんだ。 春が近いといえど、夜はまだ冷える。 肩まですっぽりと布団で覆うと静かに瞼を閉じ― ―ドンドンドンッ― 「な、なにごと?!」 眠りにつこうとした矢先、大音量で聞こえてくるノックの音に驚き飛び起きた。 こんな夜更けに一体誰だろう。まさか強盗とか…? 扉を叩く音は回を増すごとに大きくなり、やがて破壊されてしまいそうなくらいになった。 私はベッドから降りると、念のためと護身用に買った符を片手に入口へと恐る恐る近づいていく。 「ど、どちらさまですか…?」 恐怖ですくみあがってしまいそうな体を奮い立たせて声をかけた途端、シーンと静まりかえる扉。 しばらく待ってみるが返事が返ってくる様子もない。 誰かのいたずら?だとしたら性質が悪いわね。 なんてことを思っていると 「私だ。いいから開けてくれ」 扉の向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。 なんだかひどく焦っているようだけど何があったのかしら。 ひとまず話を聞くべく扉を開けると転がり込むようにして入ってきた。 まるで誰かに追われているような感じだが、いったい何があったというのか。 とりあえず家の鍵を開けると彼女を中へと通す。 「こんな夜更けにどうしたの?」 開け放たれた扉から部屋へと飛び込み、後ろ手でドアを閉めるときっちり鍵をかける。 焦っていた割には律儀だ。 「いきなりきて悪かったな。もしかしてもう寝るとこだったか?」 「えぇ。ちょうど眠りにつくところで派手な音がしたからびっくりしたわ」 「それは悪いことをしたな」 「そんなことより、いったいどうしたのよ?こんな時間に来るなんて珍しいじゃない」 「あぁ。ちょっと追われててさ」 同じ魔法の森に棲む彼女はしきりに周囲の様子をうかがいながらも私の質問に答えてくれる。 「追われてるって…。また何か盗んだの?」 「盗んだとは失礼だな。私は盗みを行ったことは一度もないぜ。全部借りてるだけだ」 「はいはい。そういうことにしておきましょうか」 呆れた表情の私にむぅと頬を膨らませてみせるが、それ以上特に何かを言ってくることはなかった。 それよりも追手の方が気になるらしく、閉じたドアに耳をあてて外の物音を聞いたりしている。 「ひとまず巻いたみたいだが、油断大敵だからな」 「一体、誰に追われてるのよ?」 「そりゃ私を追うって言ったら一人しかいないだろ。アリスだよ」 「はぁ?」 わけがわからない。 確かにアリスはよく魔理沙のことを追っかけてるけど、こんな時間まで追いかけっこするようなことなんて今まで一度もなかった。 少なくとも私がここへ来てからは一度も。 「こんな時間に追っかけてくるってくらいだからよっぽどのことなんでしょうね」 「それがさ、聞いてくれよ。アリスったら心が狭すぎるんだぜ」 「一体誰の心が狭いですって?」 きちっとかけられていたはずの鍵をものともせずに開錠するとそこへ立っていたのはアリスだった。 「さっきはよくもやってくれたわね」 「あ、アリス。落ち着け、話せばわかるって」 「これが落ち着いていられますか!自分が悪いくせにいきなりマスタースパークなんてうってきたのはどこのどいつよ」 怒り心頭といった感じのアリスは私の存在に気づいていないらしい。ここ私の家なんだけどな。 家の中でスペルカードなんて使われたらたまったものじゃない。 ひとまずアリスを落ち着けるべく、おずおずと切り出した。 「こんばんわ、アリス。こんな時間に出歩いてるなんて珍しいわね」 「あら、尚じゃない。どうしたの?」 彼女はそこでようやく私の存在に気付いてくれたらしく、こちらに笑顔を見せる。 「どうしたの?じゃないわよ。ここ、私の家」 「そうだったわね。魔理沙を追うのに必死で忘れてたわ」 「彼女が何かしたの?」 「何かしたからこうやって追ってるんじゃない」 「それもそうよねって魔理沙、人の家にきて勝手に物を漁るのやめてよ」 「いいじゃないか。減るものじゃなし」 「減るのよ!あなたが漁ったあとってたいてい一つや二つは物がなくなってるんだもの」 注意がそれたことをいいことに手近な棚からお菓子を漁ろうとしていた泥棒猫をつまみあげる。 それをアリスの前へと差し出すとくいっと指先を一つ動かした。 どうやら上海に命令したらしい。 彼女の指が動くのと同時に後ろで待機していた人形が持ってきた縄を魔理沙へとかける。 「まったくあんたって魔女は油断も隙もあったものじゃないわね」 「そういえば私、肝心の内容をまだ聞いてないんだけど」 「私は何も悪くないんだぜ。あんなとこに置いておくアリスが」 「せっかく綺麗にできてたのにあんたのせいでまた最初からやり直しじゃないの」 「いいじゃないか。どうせあとで食べるんだからちょっとくらい」 家主をそっちのけにしていがみあう二人。 説明を求めてもきっちり無視されちゃったし、これは少し間をあけないとだめかもね。 二人のやりとりの中から自分なりに整理してみると、どうやらアリスが作った何かを魔理沙がいつもの癖で食べてしまったと。 それでアリスが怒って追いかけまわしてるってことで間違いなさそうだ。 アリスが作るものって言ったらクッキーとかお菓子の類かしらね。 こんな時間に作ってあとで食べるっていうのがよくわからないけど。 「ねぇ、尚はどっちが悪いと思う?」 「へ?」 考えに没頭していたら突然呼びかけられて間抜けな声をだしてしまった。 「今の話きいてた?私と魔理沙、どっちが悪いと思うって聞いてるの」 「えっと、その前に私には状況がよくわからないんだけど。 魔理沙がアリスの作ったものを食べちゃったっていうのはなんとなく話の流れから感じ取れはしたんだけどね」 「食べたんじゃない。味見したんだぜ」 「結局食べたことに変わりはないじゃない」 「んー、人の作った物を勝手に食べちゃうっていうのはよくないと思うし、この場合は魔理沙が悪いんじゃないかな」 「ほらね!」 私の結論に得意げな顔をするアリスと納得いかないといった表情の魔理沙。 いやいや、ふくれっつらしてるけど状況から考えて間違いなく君が悪いと思うよ。 「アリスはこんな時間に一体何を作ってたの?」 「そ、それは…」 今までの剣幕はどこへやら。急に口ごもるとなにやら言いにくそうにする。 「もういいじゃん。どうせバレるんだからさ」 「それはそうなんだけど…。もう、魔理沙のせいで計画がすべて台無しじゃない」 「私のせいだっていうのか」 「当り前でしょう?だいたい、あなたがつまみ食いなんてしなければ尚の家に押し掛けてくることもなかったし パーティの準備だって…」 そこまで言って、しまったという表情をするアリス。 パーティ?近々なにか行われる予定はなかったはずだけど…。 不思議顔で見つめる私に観念したのか、深々と溜息をつき、一瞬縛られてる彼女をにらむとぽつりぽつりと話しだした。 「あのね、実は尚の誕生日パーティをあなたには内緒で企画していたの」 「!?」 知らなかった。確かに以前誕生日を聞かれたことはあったけど、まさか覚えててくれるなんて。 「日が昇ったら迎えに来て一緒にケーキを囲んでお祝いするはずだったのよ。 参加者は私と魔理沙の二人だけだからパーティっていっても本当にささやかなものだけど。 一通りの料理は用意してあとはケーキにデコレーションを施せば完成ってところで…あとはきいた通りよ」 ほんとは内緒にしておいてびっくりさせるつもりだったのにとため息まじりにもらすその表情はとても残念そうだ。 そんな彼女の言葉に私は驚きと嬉しさでいっぱいになる。 自分の預かり知らないところでそんなことが起こってるなんて夢にも思ってなかった。 「ほんのちょっと味見しただけで烈火のごとく怒ってさ。上からクリームのせればばれないってのにアリスってば大人げないよな」 「そういう問題じゃないわよ!」 「………二人ともありがとう」 「やだ、どうして泣いてるの」 「だってなんか嬉しくて」 気付けば一筋の雫が頬を伝ってた。 悲しくて泣いたのはいくらでもあるけど、嬉しさで泣いたのはいつぶりだろう。 「ほらほら涙を拭いて。可愛い顔が台無しよ」 子供のように泣きじゃくる私の瞼をハンカチでそっとなぞってくれる。 「なぁ、アリス」 「なによ」 「夜明けなんていってないでいっそのこと今からパーティしないか。もうバレちゃったし、焼きなおす必要もないだろ」 「でも…」 「私なら気にしないよ。二人のその気持ちだけで十分嬉しいから」 「ほら尚もこう言ってることだしさ」 「しょうがないわね」 それから私は二人と連れ立ってアリスの家へとお邪魔した。 色とりどりのテープが綺麗に飾り付けられ、テーブルの上には所狭しと御馳走が並ぶ。 子供の頃、みんなが祝ってくれた誕生日の光景がそこにはあった。 「さ、席について」 「うん」 その言葉に促されるまま、椅子に座ると奥からクリームで飾り付けられた大きなケーキを運んでくる魔理沙の姿がみえた。 目の前に置かれ、ろうそくに火をともす。 はじっこが少し欠けたケーキはアリスが一生懸命自分のために作ってくれた物。 きっとどこよりもおいしいに違いない。 「じゃあ電気消すわね」 「あぁ」 パチリという音がして照明が落とされると手拍子と共に聞こえてくるのは二人が歌うハッピーバースデー。 HAPPY BIRTHDAY TO YOU』 |